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RPG考察系リンク

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目次
[RPG考察 目次]
 はじめに
 ほんとうのプレイ時間


  


●システムと世界観

 ・世界観がリアルであるべき
 ・DQでいいのはDQだけ
 ・「ターン制」を考える
 ・バトルシステムを考える
 ・「マップ」
 ・二通りを用意せよ
 ・ゲームシステム
 ・チュートリアルは不要!?


●キャラクター設計

 ・キャラクターの基本
 ・若者が世界を救う!?
 ・メアリー・スーとは?
 ・メアリーからの「警鐘」
 ・内面を描くべし
 ・メアリー化改善の鉄則
 ・正誤を描くこと
 ・視点固定の悪質さ
 ・「趣味は人それぞれ」?
 ・まとめ


●ストーリー設計

 ・ハッピーエンドは「報酬」
 ・固定ストーリーは不自由?
 ・シナリオスキップ!


●ゲーム設計

 ・ザコ戦はいらない!?
 ・ダンジョンはご褒美であれ
 ・「レベル制」を考える


○内容整理中・・・
 ・世界を救うストーリー?
 ・ストーリーの基本
 ・RPGは長すぎる
 ・説明セリフ
 ・物語とゲーム性
 ・戦闘の難易度
 ・バトルテンポ
 ・ゲームバランス
 ・難易度設計のジレンマ
 ・セーブシステムデザイン
 ・本当に改善すべきこと
 ・真の面白さは「レベルデザイン」
 ・ゲーム開始から
 ・音楽
 ・RPG要素
 ・自由度

フリーエリア


 
 
 
 
よく、RPGの世界はドーナツ型であるというのが言われますが・・・

google検索 - RPG ドーナツ


違うと思うんですよこれ。


RPGワールドマップにおいて
「上端を超えると下にでる」
という鉄則、マップループがあったりしますが・・・

下図のように、もしその世界の地球が球体なら、図上半分の青矢印のように移動すべきです。
南を超えたら、経度180度となりの南に上に進み始める。



で、
これもネットによく出てますが、
図下のように、中央が北端、四隅が南端、とすると、

ちゃんと 四角マップでありながら上下ループする球体地球 が できあがり。


ただしこの場合、マップ上半分だと「下が北」に向かうことになります。
つまり、北だどうのと村人会話に言わせるのが間違ってる、ということに。
しかし・・・

上は北、というRPGの鉄則があるので、むやみに世界観設定に基づくより
村人たちに「北へ」(上へ)としゃべらせたほうが、ユーザーフレンドリーなのです。
と。
当然です。
世界観設定が多少矛盾がでたとしても、プレイの快適さには変えられません。

もしやるなら「この道を進んで」とか「すぐ近くの山」とかにして
上半分では方角をセリフに出さない、という対処法も取れますね。



地図の圧縮率が場所によって違う? という事は、メルカトル・ドーナツともに同じ問題です。
「地図」においては認められています。



google画像検索 - FF8 マップ
FF8のワールドマップが、よくわかります。

球体世界を作りたいなら、こういうデザインにすべきなんですね。





 





 
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 前までの記事で考えたように、この「 レベル制 」というものが、
いかに今のRPGを締め付けているか、という点に気がつきます。



●レベル制のデメリット1-序盤のボスを後回しにすると、後半で訪れた時に弱すぎる-


 順不同シナリオを組んだ時に、ゲームバランスが崩れる原因。
 どうしても進行度/プレイ時間が 強さに比例するゲーム制であるため、
「順番を入れ替えてはならない」という鉄則が生まれてしまう。


 これを解決するひとつの方法は、ワザを増やし、力を上げない成長方法

 例えば、ロックマンシリーズ。
最初8体のボスステージがあり、それぞれ倒すごとに武器を手に入れて
ロックマンが強化されます。
 しかし、「弱点武器」こそあれど、ロックバスターの威力は同じ。
強化されすぎてステージが簡単すぎる、なんて事はありません。

 例えば、ゼルダの伝説シリーズ。
物語が進むにつれてアイテムが増えていき、ハートが増え、
リンクが強化されます。
 しかし、武器攻撃力はたまにイベントで+1上がる程度で、
そもそも的確な攻撃方法でないと敵は倒せない。


 つまり、RPGにおいて、
物語が進むにつれてさまざまな「かわったワザ」をおぼえていき、
戦術の幅が増え、強化される。
しかし攻撃力パラメータは存在せず、後半になっても前半の敵をしっかり操作して倒す必要がある。
しかしそのワザを使うとすこし楽になる。

 そんなゲームバランスはどうでしょうか。


 そもそも物語が進むほど、攻撃力が比例して上がる
というこの法則から、疑ったほうがいいのかもしれません




 これを現在のRPG、ツクールにおいて実践するのは簡単。
レベルアップで技習得させるのはそのままに、
レベルアップで攻撃力をアップさせない設定にする。
ただし、HPはすこしあげる。

 そして、レベルアップごとに補助技を覚える。
高威力な技を覚えて言ってはダメ。

 そして、毒にやたら弱い敵、
ふつうは強いけど、ウィークの魔法で一発でザコ化する敵・・・など
補助特効を設定する。


 それだけです。

これで、ワザがどんどん増えるという主人公の成長がありながら
後半になって序盤エリアを訪れても問題ないバランスに。





●レベル制のデメリット1-

 いつから ダンジョンは「障害」になったのでしょうか。


 考えて見れば、ストーリー性の薄かった昔のRPGでは、ダンジョンは「1ステージ」
ダンジョンは プレイする目的 だった

 ストーリーが強くなった事で、RPGというゲームジャンルにおいて
ストーリーを見たいという客層が発生、
これによって、ダンジョンが障害になってしまった。

推察してみるとこうなります。



 例えば、いまだにダンジョンが楽しみである ゼルダの伝説シリーズ 。
「ダンジョンのないゼルダ」をイメージしてみれば、
自分がダンジョンに求める感情がわかるはず。



 ダンジョン探索は 楽しいものでなければならない

 ドラクエをはじめ世界を旅するRPGで、船などの移動手段を入手したとき
次の町に行かず、うろうろしていて洞窟を見つけたら
とても楽しい気分になりませんか?




 必ずダンジョンを攻略しなければならないのが問題
なのであり、ダンジョンに対して「さあ探索するぞ!」と思わせれば勝ちです。



 ここで、ダンジョン攻略を楽しみとするプレイヤー層と、
ストーリーを視聴したいプレイヤー層を考えると、問題が発生します。

 ストーリー上にやりがいのあるダンジョンを置くと、
先に話をみたい人にとって「はやく終わって欲しいもの」になってしまうのです。




●解決法1

 このひとつの解決法は、ストーリー上強制部分を緩くし、サブルートのダンジョンを強化する方法。

 ストーリーをひと通りこなした後に、改めてダンジョン制覇を開始できるようなゲーム設計を考えると、
レベル制とストーリーボスいう点で問題が発生します。

 ストーリー上のボスを撃破するために、ある程度のレベルが必要になる場合、
そのためにダンジョン攻略を前もってこなす必要が出てきてしまいます。

 つまり、ネックとなっている レベル制 という点から考え直す必要がでてきます。



●解決法2

 強いお助けキャラやアイテムによって、ボスをパスできる機能。
 かつ再戦できるようにできれば理想です。

 ロックマンシリーズにおけるボスラッシュ、
 終盤で、いままでに戦った8ボスと再戦する事になりますが、
 RPGにおいては、これがやりにくい。

 ロックマンは成長こそすれど、通常攻撃(ロックバスター)の威力は変わらず。
 成長したことで以前より圧倒的に瞬殺される事は、むしろプレイヤースキルに関わることです。
 RPGでは やはり レベル制 がネックになります。
RPGにおける「ありがち」を羅列してみます。
かぶってしまった場合、少し手直ししてみては?


○故郷が襲撃や炎上、あるいは事件により村を追い出される、村がなくなる事で旅立つ。
   →これは環境変化により旅に出ざるを得ない「仕方なく」のタイプ。
    もっと主人公の心からの「旅に出たいという欲求」を描いてみては?

○主人公の武器は剣。
   →これは王道であり、斬新な事をするために剣以外にするという設定もみかけますが
    剣というだけでは批判されるものではないはずです。
    むしろ、武器種別はいかに世界観に合うか が重要かもしれません。


○初回の船はまず事故や襲撃にあう
   →なぜかRPGの船は事故ります。
    なぜでしょう。






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RPGにおいて嫌われることシリーズ


とりのがし

 期間限定アイテム・期間限定イベントは嫌われがちです。
 これらは「プレイヤーはこの時にこうしなければならない」という限定力をもっており、
言ってみれば 反自由度 ですね。


周回強要

 
●まとめ

 悪しきキャラクター/作品となるメアリー・スーという特徴、
そしてそれと同じ本質を持つ「キャラを動かす/言わせる」という脚本、
このすべての共通点は

 おもいやりが無い

という凄くかんたんな言葉にできる事柄です。
おもいやりを改めて考え直す必要が出てきてるのかもしれません。
 もう少し難しく言ってみると、

 作者自身が他人を尊敬する心に乏しいために、
作品内の会話・行動において相手となるキャラクターが持つ
心情や状態、あるいはその人権や立場への配慮が欠けた描写をしてしまう


という事になりますね。
「 自分の自我にしか関心が無い 」状態ではダメなわけです。



良い物語を作るには、他人を好きな心が必要である



 製作者にこのココロひとつあるだけで、

メアリー・スーは発生せず、

正誤の描写も誤ることもなく、

「人それぞれ」問題の他人侵害も起きない・・・



 他人とのかかわり、絆の弱くなった現代社会、
そしてその人たちが開発側・創作者に回ったことが、メアリー・スーや、
正誤の描写誤りなどいったものに現れてきてのだと思います。


 他人を尊重する心、感謝する気持ち、


忘れてはなりません。
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