RPG考察系リンク
【考察】
Creation College2009
RPGデザイン
創作者のタマリバ
CrownArchive
GAMEHELL2k
汎用適応技術研究
適応の技術と技法
【Wikipedia】
すっぱい葡萄
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RPGデザイン
創作者のタマリバ
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汎用適応技術研究
適応の技術と技法
【Wikipedia】
すっぱい葡萄
目次
はじめに
ほんとうのプレイ時間
●ゲーム設計
・ザコ戦はいらない!?
・ダンジョンはご褒美であれ
・「レベル制」を考える
●ストーリー設計
・ハッピーエンドは「報酬」
・固定ストーリーは不自由?
・シナリオスキップ!
●システムと世界観
・世界観がリアルであるべき
・DQでいいのはDQだけ
・「ターン制」を考える
・バトルシステムを考える
・「マップ」
・二通りを用意せよ
・ゲームシステム
・チュートリアルは不要!?
●キャラクター設計
・キャラクターの基本
・若者が世界を救う!?
・メアリー・スーとは?
├ ・1 内面設定
└ ・2 説得力
○内容整理中・・・
・世界を救うストーリー?
・ストーリーの基本
・RPGは長すぎる
・説明セリフ
・物語とゲーム性
・戦闘の難易度
・バトルテンポ
・ゲームバランス
・難易度設計のジレンマ
・セーブシステムデザイン
・本当に改善すべきこと
・真の面白さは「レベルデザイン」
・ゲーム開始から
・音楽
・RPG要素
・自由度
ほんとうのプレイ時間
●ゲーム設計
・ザコ戦はいらない!?
・ダンジョンはご褒美であれ
・「レベル制」を考える
●ストーリー設計
・ハッピーエンドは「報酬」
・固定ストーリーは不自由?
・シナリオスキップ!
●システムと世界観
・世界観がリアルであるべき
・DQでいいのはDQだけ
・「ターン制」を考える
・バトルシステムを考える
・「マップ」
・二通りを用意せよ
・ゲームシステム
・チュートリアルは不要!?
●キャラクター設計
・キャラクターの基本
・若者が世界を救う!?
・メアリー・スーとは?
├ ・1 内面設定
└ ・2 説得力
○内容整理中・・・
・世界を救うストーリー?
・ストーリーの基本
・RPGは長すぎる
・説明セリフ
・物語とゲーム性
・戦闘の難易度
・バトルテンポ
・ゲームバランス
・難易度設計のジレンマ
・セーブシステムデザイン
・本当に改善すべきこと
・真の面白さは「レベルデザイン」
・ゲーム開始から
・音楽
・RPG要素
・自由度
ハッピーエンドとバッドエンド、
基本的にハッピーエンドが好まれますが、言ってみれば好みの問題だとも言えます。
しかし、RPGというゲームにおいては、それだけではないと思う点があります。
■ハッピーエンドを「報酬」として考える
この考え方は、あまり浸透していないか、
昔から当たり前すぎて気づかれていない、ゲームとしての基本だったとも言えます。
小説や映画のように、ひとつの話を見る というスタイルならば話は違いますが、
RPGの場合、プレイヤーが努力してクリアした という点が大きな差になってくるのです。
「勇者は旅立ち・・・、魔王に破れ、世界は救われませんでした。おしまい。」
ふーんそういうおはなしかぁ。と読む事もできますが、
胸踊る冒険に旅立ち30~70時間という大量の壁を乗り越えて、ついにたどり着いた。
いままでのプレイ・経験の集大成たる最後の決戦!
・・・に強制敗北して強制バッドエンドです。今までの旅は無駄でした、おしまい。
・・・
・・・プレイヤーがブチギレると思うんです。
酷い言葉でいいますが、
悪い意味で今風のもの、いわゆるJRPGは
「作者は「現実はうまくいかないって知ってる俺って知的だろ!!」って思って作っただろ!」感
が、ひしひしと感じ取れる場面が多かったりします。
それはやはり、プレイへの報酬という考えが著しく欠けている事の現れであり、
その原因は、作者が 物語を見せる 事に執着しすぎている事にあると思えます。
ボスの撃破の報酬は 経験値やレアアイテムである 。それだけに終始してしまっている。
・・・これはよくありません。
つまり、ストーリー上のボスでも隠しボスでもいいので
ボス撃破の報酬を ハッピーエンドにするというゲーム設計も 十分にアリだと思います。
具体的には・・・
負けても物語がすすむ強敵に負け、村が焼かれてしまう序盤・・・、に
強引にレベル上げしてその強敵を打ち負かすと村が温存されるとか。
中盤で敵幹部に殺害される味方、
前半のサブイベントでその幹部を撃破しておく事でその味方が生存するとか
反則級な強敵を撃破することで、大事な仲間の死を回避できる・・・
死亡フラグをへし折るRPG
・・・ラジアントヒストリア。
プレイヤーの努力がハッピーエンドに直結するという性質において
かなりいい設計だと思うんです。
ファイナルファンタジー7の エアリス生存説の発生も、
やはりエアリスの生存を願うプレイヤーの心から生まれたもの。
となれば、どんな高難易度であろうと、そこに突撃する勇気は生まれてきます。
例の「現実」を考えてみても、
強制負け戦闘で無理やり勝利した時に 負けたことになってイベントが進む違和感 が代表で、
問題を解決できる力をもった主人公がご都合主義に負ける物語に従うのも、やはりそれは非現実。
強制負けの場合はプログラムされてないからという話なんですけど
結局「ゲームだから」という話になってしまうと「現実はこうだからそういう物語」と矛盾する・・・
・・・と、いろいろ理屈を並べられますが、
それは 結局、ストーリーに不満があるからでてくるもの。
そうなるとストーリーをプレイヤーに預ける、という手が出てきます。
それが、ハッピーエンドを「報酬」として考える設計になるわけです。
■報酬ハッピーエンドのゲーム設計
「時限イベントは嫌われる」という事を考えると、問題の解決はいつでもできるようにしたい。
その解決をサブイベントに用意するわけですが、先ほどのように、ストーリーの1場面での分岐 を
考えると少しやりにくくなってきます。
ストーリーの進行上に分岐イベントがある場合、
より良い結果を残すためにパーティの強化を行いたい場合そこでストーリーが止まってしまう。
理想的には 解決を後回しにできるようにしたい。
ここらへんは 物語そのものをゲーム用に調整する という設計が必要になってきます。
つまり、ある村などに問題が発生した場合、
その問題を引きずってラスダンまで行けるようにする というもの。
毒ガスや病気がうんぬん・・・にはじまり、敵エネミーの襲撃なら、石化などで一時しのぎしたりとか。
権力によって支配されている状況が続くとか。
放置してエンディングに行くと、その村はこれでもかと悲惨な目に会う。
そのサブストーリーをクリアするとその村はハッピーエンドになる。
と。
ストーリーもゲームの一部として考えるほど、
RPGはハッピーエンドでなければならない
という結論に達します。
ストーリー放置のやりこみゲームなら、どっちでもいいでしょうし、
「読ませる」タイプでも、どっちでもいいでしょう。
「見るゲー」ならなおのことバットエンドへの不満もでないと思います。
ただ、そういうバッドエンド一本のストーリーだと
どうしても「一本道」と言われてしまいそうですけど・・・
小説・映画と異なる、ゲームだからこその性質だと思います。
映画のストーリーに「ひと通りしか無いのかよ!」ってツッコミをする人はまずいませんし。
そもそも、
数々の苦難を乗り越えて世界を救う冒険の旅 という時点で
すでにプレイと報酬の概念が完成しているのですよ。
昔から完成していたものを わざと破壊するような事をしている とてももったいない事です。
世界を救うストーリー、”なぜそうなのか ”
この事はしっかり把握しておくべきポイントです。
レアアイテム・金・経験値・・・などだけに収まらない「報酬」を。
基本的にハッピーエンドが好まれますが、言ってみれば好みの問題だとも言えます。
しかし、RPGというゲームにおいては、それだけではないと思う点があります。
■ハッピーエンドを「報酬」として考える
この考え方は、あまり浸透していないか、
昔から当たり前すぎて気づかれていない、ゲームとしての基本だったとも言えます。
小説や映画のように、ひとつの話を見る というスタイルならば話は違いますが、
RPGの場合、プレイヤーが努力してクリアした という点が大きな差になってくるのです。
「勇者は旅立ち・・・、魔王に破れ、世界は救われませんでした。おしまい。」
ふーんそういうおはなしかぁ。と読む事もできますが、
胸踊る冒険に旅立ち30~70時間という大量の壁を乗り越えて、ついにたどり着いた。
いままでのプレイ・経験の集大成たる最後の決戦!
・・・に強制敗北して強制バッドエンドです。今までの旅は無駄でした、おしまい。
・・・
・・・プレイヤーがブチギレると思うんです。
酷い言葉でいいますが、
悪い意味で今風のもの、いわゆるJRPGは
「作者は「現実はうまくいかないって知ってる俺って知的だろ!!」って思って作っただろ!」感
が、ひしひしと感じ取れる場面が多かったりします。
それはやはり、プレイへの報酬という考えが著しく欠けている事の現れであり、
その原因は、作者が 物語を見せる 事に執着しすぎている事にあると思えます。
ボスの撃破の報酬は 経験値やレアアイテムである 。それだけに終始してしまっている。
・・・これはよくありません。
つまり、ストーリー上のボスでも隠しボスでもいいので
ボス撃破の報酬を ハッピーエンドにするというゲーム設計も 十分にアリだと思います。
具体的には・・・
負けても物語がすすむ強敵に負け、村が焼かれてしまう序盤・・・、に
強引にレベル上げしてその強敵を打ち負かすと村が温存されるとか。
中盤で敵幹部に殺害される味方、
前半のサブイベントでその幹部を撃破しておく事でその味方が生存するとか
反則級な強敵を撃破することで、大事な仲間の死を回避できる・・・
死亡フラグをへし折るRPG
・・・ラジアントヒストリア。
プレイヤーの努力がハッピーエンドに直結するという性質において
かなりいい設計だと思うんです。
ファイナルファンタジー7の エアリス生存説の発生も、
やはりエアリスの生存を願うプレイヤーの心から生まれたもの。
となれば、どんな高難易度であろうと、そこに突撃する勇気は生まれてきます。
例の「現実」を考えてみても、
強制負け戦闘で無理やり勝利した時に 負けたことになってイベントが進む違和感 が代表で、
問題を解決できる力をもった主人公がご都合主義に負ける物語に従うのも、やはりそれは非現実。
強制負けの場合はプログラムされてないからという話なんですけど
結局「ゲームだから」という話になってしまうと「現実はこうだからそういう物語」と矛盾する・・・
・・・と、いろいろ理屈を並べられますが、
それは 結局、ストーリーに不満があるからでてくるもの。
そうなるとストーリーをプレイヤーに預ける、という手が出てきます。
それが、ハッピーエンドを「報酬」として考える設計になるわけです。
■報酬ハッピーエンドのゲーム設計
「時限イベントは嫌われる」という事を考えると、問題の解決はいつでもできるようにしたい。
その解決をサブイベントに用意するわけですが、先ほどのように、ストーリーの1場面での分岐 を
考えると少しやりにくくなってきます。
ストーリーの進行上に分岐イベントがある場合、
より良い結果を残すためにパーティの強化を行いたい場合そこでストーリーが止まってしまう。
理想的には 解決を後回しにできるようにしたい。
ここらへんは 物語そのものをゲーム用に調整する という設計が必要になってきます。
つまり、ある村などに問題が発生した場合、
その問題を引きずってラスダンまで行けるようにする というもの。
毒ガスや病気がうんぬん・・・にはじまり、敵エネミーの襲撃なら、石化などで一時しのぎしたりとか。
権力によって支配されている状況が続くとか。
放置してエンディングに行くと、その村はこれでもかと悲惨な目に会う。
そのサブストーリーをクリアするとその村はハッピーエンドになる。
と。
ストーリーもゲームの一部として考えるほど、
RPGはハッピーエンドでなければならない
という結論に達します。
ストーリー放置のやりこみゲームなら、どっちでもいいでしょうし、
「読ませる」タイプでも、どっちでもいいでしょう。
「見るゲー」ならなおのことバットエンドへの不満もでないと思います。
ただ、そういうバッドエンド一本のストーリーだと
どうしても「一本道」と言われてしまいそうですけど・・・
小説・映画と異なる、ゲームだからこその性質だと思います。
映画のストーリーに「ひと通りしか無いのかよ!」ってツッコミをする人はまずいませんし。
そもそも、
数々の苦難を乗り越えて世界を救う冒険の旅 という時点で
すでにプレイと報酬の概念が完成しているのですよ。
昔から完成していたものを わざと破壊するような事をしている とてももったいない事です。
世界を救うストーリー、”なぜそうなのか ”
この事はしっかり把握しておくべきポイントです。
レアアイテム・金・経験値・・・などだけに収まらない「報酬」を。
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